誤審は間違いないが、それだけで終わっていませんか?【ベガルタ仙台ルヴァン杯】

ベガルタ仙台は名古屋グランパスにプレーオフステージ第2戦を1-0で勝利しましたがトータルスコアで1-2となり本年のルヴァン杯はここで終了となりました。

特に第2戦ではかなり微妙な判定があった為に

こんなことが起こっての敗戦なのでフラストレーションが溜まっているサポーターも多いと思われます。

 

現状審判の判定ミスはVARしか覆ることはありません。

 

ですがJリーグではまだ費用的な問題で完全導入には至っていないのが現状です。

 

 


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誤審も含めてサッカーである

ただ今回の事は誤審も含めてサッカーであるこれに尽きると思います。

なぜなら過去に誤審と思われる判定で有利になったり、結果的に試合を勝てたこともあったからです。

 

PKだったのがスルーされたり、ファウルを取られなくて得点に繋がったりなど多々ありました。

特に現在長崎にいるボランチの方が在籍していた時代は毎試合ヒヤヒヤした記憶があります(笑)

 

ズラタン
だってペナの中とか外関係なくガッツリ行くんだもの

 

今回はこの判定がベガルタ仙台の不利益になってしまいましたが(入場料収入等から言ってもかなりデカイのですが)

人が審判をし続ける以上は誤審で有利になる場面も出てくると思います。

 

記憶に残らない誤審と記憶に残る誤審

みなさんは誤審で記憶にあるのは判定で不利になったことばかりだと思いませんか?

これは僕もなんですが基本覚えてるのは不利になった事ばかりです。

 

さらに掘り下げると『不利な判定をされて負けた試合』ばかりですね。

 

ズラタン
北村ファイトとか国立のPK問題とか

 

これはその1点があれば引き分けたり勝てた可能性があるから印象に深く残っているんだと思います。

 

よく「された人は覚えてるけどした人は覚えてない」という言葉を聞きませんか?

 

僕はこれと全く同じだと思いました。

 

された人=誤審で不利になった

した人=誤審で有利

感覚的にはこんな感じだと思います。

 

その印象をいつまでも覚えていて○○主審をク〇審判!だと言ってるだけでは僕らサポーターも変わらない(成長しない)と思うのです。

 

 

 

コントロールできるものとできないもの

そもそも審判というのは基本中立の存在であり自分たちで(選手やサポーターが)コントロールできません。

ではコントロールできるものはなんでしょうか?

 

それは自分自身だと思います。

 

選手ならプレー、サポーターなら応援などですね。

 

それならコントロールできる部分を最大限に高めてコントロールできない部分のリスクを下げる方が圧倒的に効率的です。

サッカーの内容は選手に任せるとして、僕らサポーターは応援で後押しすることですね。

 

個人的には試合前に審判がピッチ内でチェックしているときに敢えて

ズラタン
この間のこの判定は良かったよ!

 

など言って「仙台サポーターの前では変な判定は出来ない」と思わせる位の方がプラスになると思いました。

 

 

結果は変らない、変えれる(コントロールできる)部分を変えよう!

結局のところ人が審判をやっている以上起こりえる問題なんですよね。

でもそれも含めてサッカーです。

だからなおさら勝った時に喜びが溢れるのだろうと再認識しました。

 

 

まとめ

  • 結局誤審をされたとしてもVAR位しか判定を変えることはできない以上誤審を含めてサッカーと割り切る
  • 不利な判定で負けた試合ばかり印象に残るが、勝てた試合も少なからずはある
  • コントロールできない審判を変えるよりまず変えられる自分たちから変えてみよう。

 

 

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